2009年03月31日

蜜柑

完成することなく闇に消された小説…すべてはこの本からはじまる…声が聞こえていた。まるで泣いているかのような。流涕の擦れ声が私を呼んでいる。時代錯誤と呼ぶに相応しい古書店を見掛けたのは、そんな時だった。店の名刺である看板に書かれていた文字は──『蜜柑屋』。黴臭く薄暗い店の奥から私を出迎えたのは奇妙な出で立ちをした店主だった。帽子の蔭に隠れた瞳が私を妖しく睥睨していた。「ここにあるものは物語としての本懐を全う出来なかったもの……」私の目に飛び込んできたものは『虚ろなる器』と題された一冊の書物だった…    無料体験版ダウンロード